『東京タワー:オカンとボクと、時々オトン』by リリー・フランキー2011/05/17 20:54

先週の土曜日、ジュリの通っている日本語補習校であった古本市で買った本のうちの一つ。この本は数年前にベストセラーになっていた頃から気になっていたのですが、あまのじゃくな私はあんなに帯に「泣ける!」とか「感動!」とか書いてあると、帰って手が伸びなくなってしまうのです。それで遅ればせながら今回買ってみて、2日で一気に読みました。

結論から言えば、この本は「マザコン男の母を恋う話」で片付けようと思えば片付けてしまえる本だと思います。つまり、そんなに大騒ぎするほどの本ではない。一方で、この本には単に泣けるとか感動するとか、そういうレベルを超えた所での問題提起(と言ったら大げさだけど)もあると感じました。

そのうちの一つが親と子供のスタンスの取り方。リリーさんと母親はほとんど母子家庭のような環境で育ってきて、当然深い絆がある訳だけれど、彼が東京に出てから自由を持て余して自堕落な生活をして、今だったら孤独死しても仕方ないような境遇にまでなっていても、お母さんはひたすらかれを遠くから静かに支えるという態度を貫いたのです。もちろん、金銭的な理由で頻繁に東京に来て説教をすることもできなかったのだろうし、リリーさんがそんなひどい状態を説明していなかったのもあると思うけれど、私だったらジュリがそんな境遇になっていたらきっと介入してしまったと思う。でも、本人が本人の力で地の底から這い上がり、自分の人生をつかみ取る機会を与えなかったら、親としてそれは正しいことをしていると言えないんじゃないか。子供の可能性を信じて、どんなひどいことになっていてもぐっと口出しせずに見守る、それも親のありかたの大事な面じゃないか、と思いました。自分ができるかどうか、はまだ疑問ですが…。

そして後半の「オカン」の闘病生活。これは癌の肉親を看取った経験のない私でもかなり辛かった。この部分が白眉だ、という書評もあるみたいですが、私には辛すぎました。自分の家族や自分がこんなことになったら、私は無理な治療をさせて痛い思いをさせたくない・したくない、と思ってしまいましたが、こればっかりは自分がそういう状況にならないことには、わかりません。どうしたって生き続けて欲しいと思う気持ちもあるだろうし。これに関連して、老人医療や年金制度のあり方等、考えさせられる点が多くありました。

そして何よりも私がこの本を贔屓にしてしまう訳は、リリーさんとうちの母の出身地が同じ北九州であること。この本に出てくる方言は私の母方の亡祖父母や、叔父や叔母のしゃべり方を彷彿とさせるので、それだけで心に響いてきてしまいます。そして、オカンの生き方・考え方・行動は不思議とうちの母はもちろん、叔父や叔母のそれとも重なるところが多いにあると思いました。高度成長期に頑張って働いた世代というのもあるだろうけど、きっと北九州のカルチャーというのもあるはず、と思うのです。うまく説明できないけれど、暖かくて、人間味があって、生真面目なところがあり、どこか世渡りが下手で、でも一本芯が通った生き方。私が北九州出身の人とはつい意気投合してしまうのもそういうカルチャーがあるからかも。私自身は東京生まれですけど…。

私のようなベスト・セラー嫌いな人でも、ぜひだまされたと思って読んでみて、と思ってしまう一冊でした。

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