最近読んだ本『坂の途中の家』2019/01/09 21:49

大好きな角田光代さんの本、久々に読みました。ネタバレになるので詳しくは書きませんが、端的に言えば裁判員制度&幼児虐待の話。補欠裁判員に選ばれた主人公が、事件の詳細を追う過程で、自分自身の生き方についての考察を深めていく様が描かれています。

この本は、いろいろな読み方ができると思います。裁判員制度の是非に関わる視点から、子供の虐待をどうすればなくせるかという視点から、夫婦関係のあり方という視点から、など。でも私にとっては、日本人女性にとって生きる上での選択、という観点が一番強く心に残りました。

主人公はある意味、典型的な日本女性なのだと思います。結婚、退職、出産、育児。「当たり前」のライフコースを辿り、人からみたら羨まれてもおかしくない程度の幸せな境遇にありながら、どこかで閉塞感を感じる。私自身は、そういう伝統的な日本人女性の生き方からは随分外れた人生を歩んできましたが、こういうライフコースをよしとする強烈な社会規範は日本で生まれ育った過程で、ひしひしと感じてきました。そういうライフコースを否定するつもりは全くありませんし、育児の大変さを少しでも理解しているつもりの立場から言うと、専業主婦は本当にすごいと思います。それでもあえて言えば、この小説の 1つのメッセージは、女性が妻でもなく、母でもなく、1人の個人としてのアイデンティティーを持つことの大切さのような気がしてなりません。誤解を恐れずに言えば、妻として、そして母として、他人に尽くすことを最も大切なプライオリティーとして生きる生き方は、心のどこかに「闇」の部分をつくらずにはおかせないのかもしれない、ということです。

これは女性が全てキャリアウーマンになるべき、という意見ではありません。それが向いてない人もいるでしょうし、そうしたくてもできない境遇の人もいるでしょう。キャリアをきずかなくても、例えばここ数年のうちの旦那のように、走ることに生き甲斐を見出し、それに向かって突き進んでいく(彼は去年、シンガポールで人生初のフルマラソンを走りきりました)というんだっていいと思うんです。でも、個人が個人として、やりたいこと、好きなことを追及するというのは、実は自分の家族や周りの社会にとってもプラスであるような気がしてなりません。「あなたの為に生きている」というのは、共依存であり、自分と他人の境界を曖昧にする、ある意味危険な生き方ではないか、それをこの小説を読みながら強く感じました。

しかしさすが角田さん、人の闇を描く筆力は相変わらずすごいです。この小説では、同じ事件が様々な人の立場から描かれるので、ちょっとくどい感じがなきにしもあらずですが、それでもストーリーに惹きつけられ、数日で読み終わりました。彼女は今、源氏物語の新訳もやってるんですよね。読んでみたいです。