最近読んだ本:「ゆれる」by 西川美和2019/02/09 18:16

「ゆれる」

西川美和さんの、映画を小説に書き落とした作品。この前モルジブで週末泊まっていたホテルに置いてあったので、読みました。面白くて1日で読みきりました!

この本も、この前読んだ角田光代さんの「坂の途中の家」みたいに、いろんな読み方ができると思います。日本の「家制度」的な伝統、兄弟関係、恋愛小説、などなど。私としては、人が自分の生き方を決めるとはどういうことなのか、という点を考えさせられました。

私自身は幸い、継がなければいけない稼業もないし、両親は「自立して、幸せでさえいてくれれば、何処で何をやって誰と一緒になっても構わない」という大変ありがたい放任主義だったので、好きなように生きてきたなあ、と我ながら思います。でも、日本では、この小説に出てくるように、やりたいことを諦めたり、それがわからなかったり、わかっていても自分でブレーキかけていたり、何というか、しがらみに絡み取られることが多いような気がします。やりたいことをやっていても、それなりの罪悪感や孤独感を味わうことになる。

一方、世界には超個人主義の国も沢山あり、スリランカもまさにそうだと思います。自分のことしか考えてない人があまりに多い。もうちょっと組織への忠誠心とか、仲間をいたわる気持ちとか、日本ほどでなくていいけど、ないのか?と日々びっくりさせられます。そこが、内戦の終結からまだ10年経っていない国の国民の生き方なのかもしれませんが。

結局、自分の幸せと、自分の属する共同体(家族・職場等)の幸せと、バランスを取りつつ、納得できる生き方ができればベストなんでしょうけど、それが難しい。でも日本社会はあまりに犠牲を当たり前にしすぎるような気がしてなりません。

と、以上は私の理屈っぽい読み方で、小説はこんな小難しいことを考えなくても十分楽しめます。さすが映画監督が書いただけあり、描写がとても美しい。日本語の美しさに感動しました。彼女の他の本もこれから読むつもり。

余談になりますが、最近新しく着任された駐コロンボの日本大使は、昔山形県警や皇室関連の部署で働いていたという異色の経歴の方なのですが、さすが皇室関連におられただけあり、日本語がきれい!この前、新年会のスピーチで淀みなく話されるのに感動しました。私が興奮してこの話をうちのスリランカ人スタッフにしたところ「日本人で日本語がきれいに話せるの、当たり前じゃん」みたいな顔をされてしまいました。。。

最近読んだ本:"The Courage to Trust" by Cynthia Wall2019/01/19 17:53

新年のブログに、去年は仕事の面で、相当辛い1年だったと書きました。詳細は明らかにできませんが、12月頭頃には私はかなり行き詰まっていたと思います。今考えれば、被害者妄想のような気持ちで、今度はいつ誰に裏切られるのか、身構える感じで毎日過ごしていました。

そんな折、地域事務所から12月中旬にあった小さな会議のためにバンコクに来るように言われ、会議に出たついでに私の上司(スウェーデン人)と1対1で話す機会がありました。その時彼に「相当苦しそうだね。これからどうするのか、打開策を考えないといけないよ。今のままでは続けられないでしょう」と言われました。そう言われてみて、今更ながらはっとしたのです。「確かに、このままでは無理だ。誰も信用できないのにどうやってチームを率いていったらいいのか、自分でもわからない」と気がつきました。そしてもう一つ気がついたのは「私が2100万人いるスリランカ人の考え方を変えるのは当然無理なのだから、私自身が変わるしかない」という当たり前のことでした。とりあえず、この「気づき」を助けてくれた上司にお礼を言い、なんだか生まれ変わった気分でスリランカに戻ってきました。

その後、15年来の知り合いで、最近は私のメンターともなってくれているP氏(彼はリーダーシップやチームワークの専門家として世界中で働いています)に相談しました。彼には「君はまず、自分自身を100%信じることができるか、そこから始めてみたら」と言われたのです。この時また、私は他人だけでなく、自分自身のことまで信じられなくなっていたことに気がつきました。これはまた本格的な自分探しの旅か!と一瞬げんなりしたのですが(詳細は省きますが、私はエチオピアにいた2012から2013年にかけて、相当自分の問題を突き詰めたことがあります。これは革命的な経験でした。)彼に「誰でも、何層も限りなくある自分の問題を何度でも深めて行くことができるんだよ。君にはまたもう1層分、深いとこまで行く勇気とオプティミズムがある」と言われ、そっか、しゃあない、と腹をくくりました。

前置きが長くなりましたが、こういう経緯があって出会ったのがこの本です。邦訳は出ていないみたいですが、題名はずばり「信じる勇気」です。セラピストである著者は、このテーマをものすごく丁寧に、沢山の練習問題(?)を交えて、掘り下げていきます。とっても学ぶことが多かったのですが、私にとって一番役に立ったと思えたのは、自分の中にいる「子供」とその子供の自分を守ろうとする「保護者」と「大人」の3人を認識する、というアイデアでした。子供としての自分は、人を信頼したい、という純粋な気持ちと、傷つけられたくないという恐怖を持っています。保護者としての自分は、はそういう子供の気持ちに対して、理屈をつける等して、子供を守ろうとします。ここで大事なのは、大人の自分の声を聞き、それぞれの場面で、大人としてのバランスの取れた考え方、行動を取ることです。言われてみると、とても納得のいく考え方で、例えば裏切られたと感じた時に「もうやってられるか!」という子供っぽいリアクションとか、「自分を守るために、もう2度と人を信じるべきじゃない」という極端な考えが自分の中に生じる一方で、「それは違うでしょう」という大人の声がある。そういうことって、よくある気がします。そして著者によれば、子供時代に信頼を裏切られた経験が、自分の中でのパターンとして残っているので、そういう自分の幼少時代の体験を自分なりに理解しておくこと、そういう経験が大人としての自分の考えや行動にどういう影響を与えているか、与える可能性があるか、を認識しておくのはとても大切ということになります。

もう一つ、納得の考え方は、信じる対象というのは3種類あるということ。一つは他人、もう一つは将来、そして自分自身。まずは自分自身を信じられなかったら、前述の「大人としての自分」の声というのは聞こえなくなってしまうので、他人を信じるのは難しい。そしてそういう状況では、明るい未来を信じることなんて当然無理。私はなぜか、将来に関しては常に楽観しているので(多分今までなんだかんだいっても運がよかったから)それだけでなんとか去年の12月まではやってこれたのだと思います。

最終的に一番大事なのは、まさにP氏の言っていたように、自分を信じること、そして自分で自分のベストフレンドになることです。私はついつい嫌なことがあると自分を責めてしまいがちなのですが、これは止めないと、と心底思いました。そしてヨガや瞑想やマッサージ等、自分のケアをしっかりこれからもしないと。自分を大事に、これは新年にあたってとても素敵なテーマと思いました。

12月の段階では予測もしませんでしたが、日本から戻ってきて最近、職場でまた本当にとんでもないことがありました。もうここまで来ると笑えてくるぐらい、スリランカ人、すごすぎる。まだ解決していませんし、解決まではしばらくかかると思います。でもここ1ヶ月半ぐらいのミニ自分改革のおかげで、今回は全然落ち込んでません。この本のおかげ、というのも大いにあります。人や自分を信じるということを、しっかり掘り下げてみたい人にはオススメです。

最近読んだ本『坂の途中の家』2019/01/09 21:49

大好きな角田光代さんの本、久々に読みました。ネタバレになるので詳しくは書きませんが、端的に言えば裁判員制度&幼児虐待の話。補欠裁判員に選ばれた主人公が、事件の詳細を追う過程で、自分自身の生き方についての考察を深めていく様が描かれています。

この本は、いろいろな読み方ができると思います。裁判員制度の是非に関わる視点から、子供の虐待をどうすればなくせるかという視点から、夫婦関係のあり方という視点から、など。でも私にとっては、日本人女性にとって生きる上での選択、という観点が一番強く心に残りました。

主人公はある意味、典型的な日本女性なのだと思います。結婚、退職、出産、育児。「当たり前」のライフコースを辿り、人からみたら羨まれてもおかしくない程度の幸せな境遇にありながら、どこかで閉塞感を感じる。私自身は、そういう伝統的な日本人女性の生き方からは随分外れた人生を歩んできましたが、こういうライフコースをよしとする強烈な社会規範は日本で生まれ育った過程で、ひしひしと感じてきました。そういうライフコースを否定するつもりは全くありませんし、育児の大変さを少しでも理解しているつもりの立場から言うと、専業主婦は本当にすごいと思います。それでもあえて言えば、この小説の 1つのメッセージは、女性が妻でもなく、母でもなく、1人の個人としてのアイデンティティーを持つことの大切さのような気がしてなりません。誤解を恐れずに言えば、妻として、そして母として、他人に尽くすことを最も大切なプライオリティーとして生きる生き方は、心のどこかに「闇」の部分をつくらずにはおかせないのかもしれない、ということです。

これは女性が全てキャリアウーマンになるべき、という意見ではありません。それが向いてない人もいるでしょうし、そうしたくてもできない境遇の人もいるでしょう。キャリアをきずかなくても、例えばここ数年のうちの旦那のように、走ることに生き甲斐を見出し、それに向かって突き進んでいく(彼は去年、シンガポールで人生初のフルマラソンを走りきりました)というんだっていいと思うんです。でも、個人が個人として、やりたいこと、好きなことを追及するというのは、実は自分の家族や周りの社会にとってもプラスであるような気がしてなりません。「あなたの為に生きている」というのは、共依存であり、自分と他人の境界を曖昧にする、ある意味危険な生き方ではないか、それをこの小説を読みながら強く感じました。

しかしさすが角田さん、人の闇を描く筆力は相変わらずすごいです。この小説では、同じ事件が様々な人の立場から描かれるので、ちょっとくどい感じがなきにしもあらずですが、それでもストーリーに惹きつけられ、数日で読み終わりました。彼女は今、源氏物語の新訳もやってるんですよね。読んでみたいです。

最近読んだ本:『神々の山嶺』by 夢枕獏2013/10/06 20:15

マサイマラへの旅に持って行った本がこれ。友達にもらったまま読んでいなかったのですが、なんとなく持って行ったら、長編なのですが面白くて一気に読んでしまいました。私は元々、山岳小説とか映画とかすごく好きなのですが、そうでなくてもこの本はストーリーにグングンと引き込まれました。

あらすじは、カトマンドゥの裏街で古いコダックを手に入れたカメラマン・深町が、そのカメラはジョージ・マロリー(人はなぜ山に登るのかという問いに対して「そこに山があるからさ」と答えたというのはこの人だそうです)がエヴェレスト初登頂に成功したかどうか、という登攀史上最大の謎を解く可能性を秘めていることに気がつき、カメラの過去を追うところから、物語が展開していきます。その中で、深町は羽生丈二という伝説の孤高の単独登攀者にゆきあたり、彼が前人未到のエベレスト南西壁冬期無酸素単独登頂に挑むつもりではないかと、思い当たります。あとは読んでみてのお楽しみ…。

ヒマラヤ登山の話だけあって、人はなぜ生きるのか、というのがこの小説のテーマとしてあると思うのですが、出て来たいろいろな台詞の中で、私はN.E.オデルという実在の登山家の次の言葉が特に心に残りました。「この世に生きる人は、すべて、あのふたり(エヴェレストから戻って来なかった登山家のマロリーとアーヴィン)の姿をしているのです。(中略)頂にたどりつこうとして、歩いている。歩き続けている。そして、いつも、死は、その途上でその人に訪れるのです。軽々しく、人の人生に価値等つけられるものではありませんが、その人が死んだ時、いったい、何の途上であったのか、たぶんそのことこそが重要なのだと思います。」

夢枕獏さんって、私は今まで知らなかったのですが、結構有名みたいですね。漫画の原作を書いたり。この本も漫画化されているそうですが。そういえば、この本でも高山病による幻覚のシーンなど、おどろおどろしいシーンが圧巻なので、彼の作品はビジュアル化するのにはやりがいがあるのかもしれません。彼の書いた本の中では、私は空海の話という「沙門空海唐の国にて鬼と宴す」や若き日のシッダールタの冒険談という「涅槃の王」を読んでみたいです。

最近読んだ本:"The 14th Dalai Lama" by Tetsu Saiwai2013/03/17 15:08

またすごい久々の更新になってしまいました。2月中旬にひどい風邪をひいて、熱を出して寝込んだ頃から、えらく忙しい日々になってしまい、ブログ更新をする時間がありませんでした。風邪からは2週間ぐらいかかって回復しましたが…。

前述したように相変わらず土曜日にはジュリの学校の図書館に行っていますが、そこに置いてあって目についたのがこの本。日本人の漫画家の書いたあのダライ・ラマの伝記です。ダライ・ラマのことはもちろん知ってはいましたが、伝記を読んだことはなかったので、漫画なら気楽に読めるし、と思ってかりました。これがかなりパワフルで、ぐぐっとひきつけられ、最後には涙しながら、数時間で読み終わりました。

ここ半年ぐらい、仏教関連の本をいろいろ読んでいるせいか、ダライ・ラマの暴力からは暴力しか生まれない、という強い信念のもとに出して行った決定と彼の行動には、とても共感できるものがありました。特に、彼が中国のチベットへの侵略に対して悩んだ時、仏教の教えである言葉を反芻するのですが、これが心に残りました。(以下、私の翻訳なので、正式な訳は違う文言を使うのかもしれません。)

私は、悪い性質を持った生き物、 ひどい罪と苦しみに押しつぶされている者たちを、 まるでなかなか見つけることのできない、 貴重な宝物を見つけたかのように、慈しむ。

すべては一つである、という仏教の教えから言うと、誠にもっともな考え方ですが、実践するのは難しいです…。職場で、嫌なことをしてくる人に対して、どれだけ真摯に親切にできるか。相手の置かれた立場を思いやることはできても、「慈しむ」というとこまではなかなかいきません。

しかし、漫画というメディアの持つパワーを改めて感じた作品でした。著者は日本語では「さいわい徹」さん。私は英語で読みましたが、邦題は「漫画で読む偉人伝1:ダライラマ14世」でマガジンハウスから出版されています。

最近読んだ本:『生と死についてわたしが思うこと』by 姜尚中2013/01/15 19:16

今や有名人となってしまった姜尚中氏は、私が国際基督教大学在学中、同大学の政治学の準教授で、私は実は大ファンだったのです。たしか彼の授業だったと思うのですが、「読んだこと、聞いたことをまず疑って、自分の頭で考えろ」と言われ、それまで日本の公立教育で暗記することしか学んでこなかった私には、ものすごいショックでした。それで、彼の講義にも熱心に通っていたのですが、その後、なんだかどんどんテレビに出るようになり、彼は俳優になりたかったんだ、なんていう話も聞いてかなりがっかりし、出ると必ず読んでいた彼の本にも、興味を失ってしまいました。

前置きが長くなりましたが、それでもこの本の宣伝に「3・11後の日本を考える」みたいなことが書いてあったので、読みたくなって買ってしまいました。あけてみると、彼のグラビア写真があり、ちょっと違うだろー、と思い、しかもこれは単なるアエラの連載をまとめたもの、とわかってまたちょっとがっかりしましたが、読んでみるとなかなか深い。私は去年のお正月のブログに「日本人がその打たれ強さを発揮して、あっという間に震災からの復興を成し遂げ、そして原発という人災をもう2度と起こさないためにどうするか、という課題にしっかりと取り組まないのではないかと心配だ」というようなこと、そして「日本人はここで生まれ変わらないと」というようなことを書きましたが、姜氏も同じような危機感を持って、発言を続けてこられたんだなあ、と心強く思いました。そういう意味では、この本の中での彼の発言は私にとっては至極もっともなことばかりなのですが、あれからの1年10ヶ月を振り返ってみると、そんなもっともなことからずいぶん外れた状況にあり、そして残念ながらやっぱり日本人はもうフクシマを忘れつつあるように思えてなりません。

彼の主張の中で、私が特に共感したのは、福島を広島や水俣との流れの中に位置づけていること。つまり、原爆や水俣病の被害者に対する国の姿勢が、原発事故の被災者への対応と一貫していると。もっと言えば、この国は弱者を切り捨てることによって成長を遂げてきたということです。そう考えると、実は、しっかりとした対策が取られないままに被害者が出続けているいじめや幼児虐待にしても、被害者の視点からの教育改革ができていないという意味では同じことなのではないかと思います。同時に、広島・水俣・福島にしろ、いじめや幼児虐待にしろ、人の命があまりに粗末に扱われていると思わずにはいられません。

こう考えると、姜氏が言っているように管直人前首相が掲げた「最小不幸社会」というアイデアは実はとても意味深いものだし、もっと追求してみる価値があるものだったという気がします。そしてメディアが前首相をこきおろしたのも、このアイデアがあまりに権力や財力を持つ人の既得権益を脅かすものであったためではないでしょうか。姜氏は、歴史が前首相の評価をするのを待つというスタンスですが、これはメディアに出る身として、メディアがこきおろした人を正面から擁護はできないから、なのかもしれない…というのはうがった見方でしょうか。

一度は幻滅してしまった先生ですが、やっぱり鋭い視点と、様々な事項を結びつけて、その関係性の中から新しい提言を生み出す思考力はすごいものだと思いました。ベストセラーだという「悩む力」も読んでみようかな…。でも、本の表紙に自分の写真をでかでかと載せるのはいいかげん止めた方がいいと思います。(笑)

最近読んだ本:"Buddha's Brain" by Rick Hanson2012/11/11 15:43

私は最近、仏教に興味を持ち始めて、いろいろな本を読んでいるのですが、その中でもこれは面白い!と思いました。簡単に言ってしまえば、仏教の教えを脳神経科学の面から解き明かした本なのですが、目からうろこの発見が沢山ありました。

脳神経科学を持ち出さなくても、仏教の本を読んでいると、理屈にかなうというか、納得できることが多いと感じます。こんなことを書くとキリスト教徒の方には失礼かもしれませんが、大学時代にキリスト教概論を取っていた時(国際基督教大学では必修でした)どうしても腑に落ちないことが多くて、すんなりとは入っていけませんでした。「仏教は宗教ではなくて思想だ」という人もいますが、仏教はとても実践的だと思います。それと、他人(神)頼みでなく、自分を極限までとことん突き詰めて行く、ということによってのみ、苦しみから解放される、というのが、私にとってはすごく理解しやすいと思えます。一応「仏教徒」の国に生まれていながら、今まで全然仏教の知識がなかったので、ちょっと恥ずかしいのですけど…。

前置きが長くなりましたが、この本では、自分の脳が自分の意志とは関係ないところでいろいろなバイアスを持っていて、それによって「自然に」自分で自分を苦しめることになりがちであるというのが、科学的に説明されています。狩猟採集生活を送っていた時からの記憶で、人間の脳は、脅威に対して常に自分を守るようにプログラムされています。逆に言えば、リラックスして、幸福感にあふれているような心の状態は、脳にとっては「デフォルト」の状態ではないのです。なので、瞑想等で脳を訓練して、心の平和を保てる状態にすることが、幸福への道の1つとなる訳です。

最終章では、西洋哲学で言うような「自己」なんていうものは存在しなく、幻想にすぎない、なんていう話も出てきます。「自己」というのは、脳の活動が作り出す「ユニコーン」のような想像上の実体だというのです。そして、そういう実際にはない自己にこだわることによって、また苦しみが生まれるという。ここまでいくとかなりラディカルですが、大学時代からかなり西洋思想につかってきた身としては、仏教の「すべては一つである」という思想は新鮮で、考え方の新しいレンズを与えられたようで、もっと勉強したい!と思わされます。

翻訳は「ブッダの脳 心と脳を変え人生を変える実践的瞑想の科学」という題で、草思社から出ています。

最近読んだ本:"Cutting for Stone" by Abraham Verghese2012/09/26 22:30

私は小説を通していろいろな国の歴史や文化を学ぶのが好きで、エチオピアに関する小説も少しづつ読んでいるのですが、これはその一つ。一応、ほとんどの舞台はエチオピアですが、その他の国での場面もあり、世界中をまたにかけた壮大な大河ドラマという感じです。映画にしたらよさそう…。

これから読みたい人のためにあまり筋を書かないでおきたいのですが、簡単に言えば、インドから移住して来たドクターとナースの、エチオピア生まれの双子の兄弟がメインのキャラクターです。彼らが生まれる前の話から、成長していく過程でのドラマが見事に展開していきます。著者はエチオピア生まれのインド系アメリカ人で、スタンフォード大学医学部の教授なので、自叙伝っぽい部分もあるのでしょう。700ページ近くある大著なので、読むのには時間がかかりましたが、読んでいる時はものすごくひきつけられて、それぞれの登場人物が自分の家族や知り合いかのような感じまで持ちました。アディスが主な舞台なので、今のアディスの姿と重ねて読めるところもあったからかもしれませんが…。それと、エチオピア人の血は全く入っていないものの、エチオピアを祖国とする双子の生き方というのも、外国人としてここに住む自分たち、特に幼少時代をここで過ごしているジュリの姿と重ねて考えさせられるところがありました。

エチオピアに特に関心がなくても、物語として面白く読める本だと思います。特に、さすがお医者さんが書いているだけあって、病院の様子、手術室でのやりとり、病気の描写などは、素人じゃないんだろうなあ、と思わされます。医学用語はよくわからない部分もありましたが…。

エチオピアのカルチャーは日本とよく似ていると言われますが、確かにこの本は、日本人にもとっても受けると思います。どちらかというと辛いことの方が多いような人生の中で、小さな明るい光を見つけて、強く生きて行く、という登場人物の様子には、多くの日本人が同感するような気がします。邦訳がまだ出ていないようなのが残念!でも英語でも読みやすいです。今年おすすめの1冊です。

"After the Quake: Stories" by 村上春樹2012/07/01 13:00

数週間前から、毎週土曜日の午前中にジュリの学校の図書室が開いているのを利用することにして、図書館通いをしています。ジュリも本好きなので、2人で図書館で過ごす数時間は至福の時…。思いがけず結構読みたかった小説があるのに気がつき、私もかなり借りているのですが、そのうちの1つがこの本。邦題は『神の子どもたちはみな踊る』です。最初は村上春樹を何も英語で読まなくてもなあ、と思ったのですが、読み始めてみたらかなり違和感なく読めました。訳者がよかったのかもしれません。6編の全く違った感じの短編からなるこの本は、どの短編にもちらっと神戸の震災の話が出てきます。それで英語の題名は『地震の後で』な訳です。地震が大きなテーマという訳でもないのですが、地震という「天変地異」によって様々な登場人物が無意識のうちに人間のあり方みたいなものを揺さぶられたという感覚がどの短編にもバックグラウンドのように漂っている気がしました。去年の東日本大震災の後でこれを読むと、まさにそういう気分のようなものがリアルに感じられます。「いつ何が起こるかわからない、だからこそ一度しかない人生を、どのように生きるか」というテーマを突きつけられるのが、こういう大きな災害の後なのかもしれません。

6編のうち、私は「タイランド」という、年配の女性がタイのリゾートで1人のんびり過ごす話が不思議に心に残りました。この話にも、他の話でもそうですが、村上春樹のシュールリアリスティックなメタファーにはいつもうならされます。ありえないような、この世のものでないようなもの・人がなぜかリアルに納得できる世界を作り出す、これは彼ならではの特別な能力、という気がします。

初めて英語で読んでみた村上春樹はなかなかよかったです。次はでも、やっと文庫本が出た数年前の話題作「IQ84」を日本語で一気に読みたいと思っています。楽しみです!

最近読んだ本:"The Unfinished Global Revolution" by Mark Malloch Brown2011/10/08 17:44

この本の著者のマーク・マロック・ブラウンは、私がNYのUNDP本部で働いていた時のUNDP総裁でした。私は一時期総裁室のある階と同じ階で働いていたので、結構よく彼の姿を見かけましたし、日本がまだトップ・ドナーの1つだった時期だったので、仕事の面でも総裁室とよく関わっていました。(私は日本政府とのパートナーシップに関わる部署で働いていました。)そんなこともあり、ランクはもちろん全然違うながら、勝手に身近に感じていた人の書いた本だ!ということで、興味津々で読み始めました。

最初の方は、自叙伝っぽい部分が多く、彼がUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)や雑誌の「エコノミスト」で働いていた時の話が出てきます。これはこれで面白かったのですが、この調子で進むかと思えば、後半は彼の世界政治・経済に関わる考え方に深く入っていき、この部分も読み応えがありました。全般にはちょっと話題があちこちに飛びすぎな感じがあるものの、彼がいろいろな経験を通して彼なりの政治・経済思想というものを築いていく過程を追うことができて、とても勉強になりました。特にデモクラシーに関わる部分で、彼は本当の民主政治が根付くことの難しさ、そして民主政治だけでは解決できない数々の問題を挙げていて、考えさせられました。民主的社会をつくるのに何世紀もかかる、というのを前提にしたら、開発援助をどう行うかというのも変わらないといけない気がします。ドナー国としてはすぐに援助資金への見返りを目に見える結果として知りたいのはわかりますが、社会の文化も含めた部分の国の変化をサポートしていくには、もっと長期的な視野が必要でしょう。

彼の視点は、ビジネスやいわゆる市民団体も広くカバーしていて、国連がどう国際的な企業や市民団体と連携していくか、というのも重要な課題として取り上げられています。エチオピアに来てから、中国やインドのアフリカに対する投資の話をいつも耳にするので、特に企業との連携は大事だと思います。でも、私の見ている限りでは、国連の仕事はまだまだ国家と国家の比較的狭い関係の中で動いている部分が多く、この点では、いろいろなチャンスを逃しているんじゃないかなあ、という気がしています。市民団体の中でも、ゲイツ財団を初め、アメリカの巨大財団や、国際的に活躍しているNGO等、もっとコラボレーションを深めていくべき組織は沢山あると思うのですが。

直訳すれば「終わっていない世界的革命」というこの本のタイトルは、彼の国連に対する熱い思いと期待を反映しているような気がしました。グローバリゼーションがますます進む現在、彼はグローバル・ガバナンスの枠組みとしての国連の役割が重要になるべきであること、一方で、国連が本当に意味のある役割を果たすには、更なる改革が必要であること、を強調しています。世界政治・経済を鳥瞰した視点からの彼の提言には、納得できる部分が多く、一国連職員としても、もっといろいろ勉強して、戦略的なレベルで提言をできるようになりたいなあ、と思いました。唯一、人権に関する彼の意見で、私はちょっと賛同できないなあ、と感じる部分はありましたが…。

邦訳は残念ながらまだ出ていないみたいです。